絵に描いた餅を食べる方法(8)
−餅の中の豆をよりわけろ−


現代の分子生物学に最も影響を与えたのは誰か?
ワトソンとクリックか?ダーウィンか?ド・フリースか?
さまざまな意見はあると思う。

しかしながら、根源的な思想を築いたのはやはりこの人ではなかろうか。
グレゴール・ヨハン・メンデル。

19世紀、遺伝という現象はもう存在していることはわかっていた。
しかしながら、遺伝物質がどのように伝わるかについては誰もわからなかった。
なんかよくわからないけど液体みたいなものがあってそいつが混ざり合うんじゃ
ないかとか、そんな風に考えられていた。

フックやシュライデン、シュワンなどにより細胞はすでに観察されつつあったし、
その細胞の中には確かに多量の水やその他の液体が含まれている。

でも、おかしくはないだろうか?
確かに親に良く似た子供が生まれてくるのはわかる。
でも時々親と関係ないな、とおもったら祖父や祖母に似た子供だったりする
なんてこともある。
液体が遺伝をつかさどるならそんなことになりうるだろうか?

さて、修道院に入り科学を学んだメンデルだが、1851年ごろからは
ウィーン大でドップラー効果で有名なドップラーから物理学と数学を、
他に植物学、動物学、解剖学などを学んだ。

故郷に帰ってから1853年から1868年くらいまで教師をしながらやってたのが、
件のえんどう豆の交配実験である。
えんどう豆は人工授粉が行いやすく、品種改良の歴史も良くわかっていた。

メンデルが最初に行ったことは「純系」の取り出しだった。
純系とは何かというと、ある特定の遺伝子が両方の染色体で同一で
あるものである。

例えば人間の髪を例にとって見ると、黒髪の遺伝子と金髪の遺伝子があるが
黒髪の人と金髪の人が結婚して子供を作った場合、この親が純系の黒髪の場合
子供は必ず黒髪になる(F1)

だが、この子供と金髪の人が結婚した場合、黒髪の子と金髪の子が1:1
(F2)生まれてくることになるのだ。

んでもってこっからがメンデルの本領発揮で、種を集めては表現型(見た目の形)の
遺伝方式をカウントし、カウントした結果を数学的知識を利用して整理
そして一連のメンデルの法則と呼ばれるものを生み出した。
いわゆる優性の法則、分離の法則、独立の法則である。

優勢の法則とは先ほどの髪の毛の色のように掛け合わせると発現に強く現れる
ものがある場合、そいつが必ず発現するということ。

分離の法則は、先ほどの純系の黒髪と金髪の人の子供の場合金髪遺伝子が
存在していて、混ざったりしていないということ。

そして独立の法則とは、別々の染色体の上に存在する遺伝子はまったく
関連しないで、それぞれ独立に表現型をあらわすということである。

…少し前にメンデルやりやがったな、と書いたが、メンデルがやりやがった
こととは何か。
単純に言うと「トップデータだけ意図的に集めて理論構築した」ってことである。
豆もちの中から豆だけ取り出したような感じに。

メンデルはわかっていたのではなかろうか。
一見すると自分の考えた法則に従わないものが多数あることに。
だが「敢えて」無視した。何故か。

…おそらくだが、メンデルはそれ以外のルールも存在していること
(遺伝子の連鎖など)も薄々は感じていただろう。しかし、それ言い出すと
あまりに遺伝子の動きの説明の難易度が上昇しすぎることになる。

現在ですらメンデル遺伝学の初歩で苦しんでる学生が多数いるのに、
いきなり連鎖だの突然変異だの挿入欠失だの逆位転座だの言い出したら
当時の人間発狂するだろう。
(マイクロサテライトだの構造多型だの言い出されて俺も涙目)

実際、メンデルは細胞学の研究者カール・ネーゲリに論文送ったんだけど
「数学的に複雑すぎて俺理解できないよ!」といわれてしまったようだ。
…だから生物学者は数学をやれとあれほど。

1868年にはメンデルの方も修道院長になったので研究があまりできなくなる。
どこの縦割り企業だよ。
本来温和であったと伝えられるメンデルだが、オーストリア・ハンガリー帝国の
過大な課税に対して異議唱えたてを行うなどの政治的な争いに巻き込まれる。

その間にも気象の研究なども行っているようだが、政治的な争いのなかで
消耗して言ったメンデルは心身ともに病んでいったようだ。
メンデルの研究は理解されないまま1884年に彼は天に召される。

メンデルの没後15年、1900年になって3人の学者(ユーゴー・ド・フリース、
カール・エリッヒ・コレンス、エリッヒ・チェルマク)が再発見したのだが、
メンデルの研究を知った3人はどんな気分だったろうか。
「貴様らの立っているところは既に40年前に私が通過したところだ!」

結局のところメンデルの研究とは何だったのか?
現在においても通用する内容はさすがに少ない。せいぜい遺伝子の粒子性くらいか。
だがしかしそれはあまりに当時斬新過ぎた。
(おそらくメンデルはもう少しわかっていたかもしれないが、周囲には
 それを理解させるのは至難だとも感じていたのではないか?)
生物のもととなる情報というのがある物質として実在し、それが確かめられた、
ということこそが意義としては大きいのかもしれないな。

早すぎた遺伝学の巨人、というのはあまりにもありふれた表現だが
凡人の俺にとってはまさにそういわざるを得ない。
さて、次回は生物系の話の続きをするか…それとも化学系の話にしますか…

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